眠る開発屋blog ある開発屋の雑感。日々勉強。

2008/9/14 日曜日

サイゼリヤの社長とか

Filed under: 仕事 — タグ: , — dev0000 @ 22:34:45

サイゼリヤの記事とか
の続きだよ。

ググったら面白そうな記事が出てきた。

決断のとき・サイゼリヤ社長 正垣泰彦 編 – 特集 – 日経レストラン ONLINE

日経レストランってあるのか。

まぁそれはともかく。

「当時、飲食業は水商売と言われていたんですよ。水商売のままでは従業員の生活は安定しないから、例えばメーカーのように産業化する必要がある。産業化するには組織を作らなくてはいけないと気づいたんです」。

組織化して分業すれば、全員がひとつの目標に向いつつ、個々の能力も発揮することができる。「野球チームと同じですよ。投手、捕手、内外野手と、選手の能力に従って分業しながら全員で勝利を目指す。ただ、野球チームなら20代の人たちを集めればいいけど、組織には40歳以上の人が100人ぐらい揃うことが必要だから」。

なぜ40歳以上なのか。「寿命を80歳とすると40歳は折り返し地点。この年代になれば適性職能がはっきりし、どの分野で能力が生かせるかが分かる。大企業の課長、部長クラスは40歳以上でしょ。ある分野を完全に任せられるのは、この年代からなんですよ」。

40歳を軸にする。。。

そのためには大卒者を大量に採用しなければならず、それには株式上場する必要がある。「起業して上場までに20年かかり、大卒者が40歳になるにはさらに20年、計40年かかることが分かった」。

長期視点なのね。

このような設計図を引いた正垣は、ここで壁にぶつかった。「40年の間に、会社が潰れてしまったら何にもならない。40年間廃れない業態は何か?という視点から、潰れない業態を探しました」。

持ち前の分析能力を発揮して、独自のマーケティングを行った。「データを調べて、世界中に一番広がっている食べ物を探すと、それはイタリア料理と中国料理だったんですよ」。どちらの業態にするか迷った。「お客さんを呼ぶには、繰り返し食べたくなる“麻薬”のような食材を使えばいいんじゃないか。食材の麻薬、それは世界中で大量に生産、消費されているに違いない」。調べると、トマト、パスタ、チーズなどの消費の伸び率が高いことが分かった。「イタリア料理の食材だったんです。40年間潰れない業態、それはイタリア料理店だったんです」。

ってかさ、サイゼリヤってそもそも学生起業っぽいのね。
1967年の東京理科大在学中に「サイゼリヤ」を開業して、卒業後にイタリア料理店として再オープンだと。
その当時に既に「40歳を軸とした組織を作る」と考えているとしたら、
なんだってそんなに老成しているんだよ!とかそんな感じ。
いやーすげーね。
それでもいまどきの学生起業家でもこれぐらいは考えてるのかな。

サイゼリヤの記事とか

Filed under: 仕事 — タグ: , — dev0000 @ 20:15:48

だらだら読んだ。

サイゼリヤがすげーw

なるほろ。
この手のビジネスネタであれば、日経ビジネスとかに毎週のように掲載されていたりするので、読んでみたら面白いよ!
と思ったり。

6万まで厨房を一人でまわす。

多能工化ってのはよくあるやりかたか。
エンジニアの多能工化とか

会議はしないで権限と責任を委譲。

全国展開しているという業務形態上、現場への権限委譲は必須なのかしら。
それに加えて店長同士の競争意識をものすごく煽るってのが割とよくあるパターンなのだが、
ここではやっているのかな。

「おいしい」がわからない

これはいいかも。

個人的に思うのは、「サイゼリアの成功方法を真似してもうまくいくとは限らない」というのが、
ビジネスの面白いところなのかなぁと思ったり。

ポイントは2つ。

「努力や根性で頑張ろうではなく、楽をしよう」
「リスクを恐れず権限と責任を委譲して、素早く動こう」

努力が美徳であり、
リスクが怖くて、権限も責任も委譲できないのが
企業というよりも、日本人個人の価値観として大きく根付いてる感があるけど
わざわざ苦労の扉を開けることはないんじゃないかと。

企業社会に「努力」とかってあまり根付いてないのが現実だと思うけどどうなんだろ。
学校教育じゃあるまいし。
もし、自分の上司が「努力」とか言い出したら、軽く絶望したほうがいいとは思う。

あとビジネスの泥臭い部分をシステマティックにとらえたいならこの本お薦め。
『御社の営業がダメな理由』読了
ドブ板営業をロジカルなものに転嫁させる試みの本。
個人的には楽しい本とは思わないけどね。

未来サミットだって、とか

Filed under: IT世間話 — タグ: , — dev0000 @ 18:45:17

だらだら読んだ。

「エンジニアの未来サミット」に行ってきた
昨日(9/13)の日記〜エンジニアの未来を別のところで感じた。

いくつか。

泥云々なんてのもそろそろいい加減にして欲しいなぁ。世の中にはいろんな産業があってさ、僕のエンジニアとしてのアイデンティティは完全にソフトウエアではないから余計にそう思うのかもしれないけど、ソフトウエアを作りたい人が勤める会社ってのは別にネットベンチャーとSIerだけじゃないのよ。ほおっておいても学生は学生なりに真剣に考えていて、例え泥だなんだと言われようと行く人は行くだろうし、それそのものの良い悪いでも、泥でも泥じゃないじゃなくて、その会社は何を目指してやってるのか?に共感できるかが一番大事なのでは?

まぁ共感は大事なんだが。

東芝がHD-DVD撤退を発表して、そこのエンジニアはどうなったのか?とか、
今後、携帯電話事業やPC事業の統廃合が加速化して、そこの人材の行く末を想像すると、
「企業の方向性とエンジニアの方向性がマッチして幸福」なんて呑気なことも言ってられない気がする。
たとえどんなに魅力ある企業でも一蓮托生に徹しきれないのはエンジニアの宿命なのかもしれん。

話は変わるが、昔勤めていた会社の上司が最近そこを退職したらしい。
一応、役員にまで出世したが、その後彼の関わったプロジェクトがうまくいかず、責任をとる形で降格、
で、やはりそれで納得しなかったのか、結局退職したのこと。
新卒から入っていたと思うので、おそらく20年近く勤めていたはずなのだが、そういったオチを聞くと、
なんだか人生って分からないよな、とぼうっとする。

ブラック企業についてだが、

『暴走する資本主義』読了とか

この本を読んで思ったのは、ブラック企業への方向性というのは企業の遺伝子として埋め込まれているものであり、
労働争議的なアプローチがムーブメントになればそこからへの改善は期待できるのだろうけど、
現状を見る以上、労働法的なもので縛っていくしかないのだろう、とは思う。
個々人でできることであれば、社外に友人関係を作っておき、「客観視できる視点を持て」ということなのかな。
いざとなれば逃げろ、と。

「逃げろ」と簡単に言ってしまったが、
僕自身最初の転職のきっかけは上司の同級生の紹介という会社のラインとはちょっと外れたところだった。
そもそも、ブラック企業だからイヤ!とかではないのだが、当時の会社のやっている業務領域に共感した記憶はあまりない。
そこの業務を今やりますか?と問われると、間違いなく首を横に振るだろう。
だから「じゃあその出会いがなかったらどうなってたの?」と想像すると薄ら寒いものがある。
チャンスを掴む最良の策はフットワークを軽くして「出会い」に対して躊躇しないことなのだろうな、と。

下請け企業がハッピーになれるかどうかは、経営者の資質次第。
自社の強みの源泉を技術力(開発速度やプロダクトの品質)そのものではなく、稼働単価でしか考えられない経営者というのは間違いなく存在する。
業務ドメインへの習熟度は考慮されるが、新技術の勉強とかはあまり考えない。
下手をすると、習熟度すら全く考慮されず、「プログラマ3年やったから次はサブリーダね」とか、経験年数によってスキルの転換をうながす。
ニーズがある以上、そういった企業はなくならない。
「PGよりSE、SEよりPM」という信仰にどっぷりとハマれば、そういった状況もあまり苦にはならないんだろう。
そもそも、報酬も上がることが多い訳だし、特にそれで何が悪いということでもない話だろう。
個人的に腑に落ちないのは「PGを3年やったから次SE」とか「3年」という社内ルールに強い根拠はないにも関わらず、絶対不可侵なものと考える人々が多いということだろうか。

そこに観客から「ぬくぬくしている環境で働いているように見えた」と言われた。

あまり競争の最前線だったりエンドユーザの声にさらされないという側面はあるだろう。
つまり分かりやすい敵・・・というか攻略対象の不在。
逆にストイックなものを要求されるから好きな人しか続かないという部分もあるかと思う。

それと、電機面白いよみたいな話が出ていたが、

メディアより電機業界とか

「3年後にテレビをとりまく環境がどのようになっていれば楽しいですか?」
みたいな問いをしてもいいのかなぁとか。
テレビに何をつける?ネットワーク?カメラ?マイク?タッチスクリーン?
或いはライフスクリーン構想?
Panasonicのビエラキャスト、そしてライフスクリーン

売れないこととか

Filed under: 仕事 — タグ: , — dev0000 @ 12:05:49

売れないことは、正しくはない

「いいものを作れば売れるんだ!」という実感がないとモチベーションを維持するのは難しいのかもしれんね。

ただ、「こういう製品はこれだけ売れる」という読みがあって、
その読みから「使ってもいい予算」の枠組みが決定されると思うのだけど、
「その読みがどれだけズレていたか?」という振り返りがないのはどうなのかな、と思うし。

まぁ、
「なぜ売れたのか」「なぜ売れなかったのか」という反省会みたいなものを
フローとして持っている企業ってあまりないのかな。
経験の浅いクリエイターに陥りがちな罠なのだが、
マーケティングとものづくりを対立概念として定義するのは何か間違えている気がする。

『能力構築競争』読了とか

企業の「強み」は計画的に生み出されるより偶発的に生み出されること(「創発」と表現)が多いとか。

トヨタの着目すべき点はそういった「創発」を分析し、更なる強みに引き上げることだとか。
つまり成功体験を個々人への表彰だったり記念パーティといったレベルに止めず、それ以上のものに転嫁させる。

パッションとロジックの両輪があってはじめて物事は継続する。
どちらかが欠けると遅かれ早かれ不幸になるのはなんとなく目に見えているよなぁとか。

ブログのデザイン変えてみた

Filed under: IT世間話 — タグ: , — dev0000 @ 3:16:50

どうでもいいことですが、
ブログのデザインを変えてみました

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