眠る開発屋blog ある開発屋の雑感。日々勉強。

2008/11/14 金曜日

成熟産業とか

Filed under: 社会 — タグ: — dev0000 @ 20:53:36

だらだら書くよ。

日本の家電はどうして高機能化一辺倒なのか(北米と比べて)

ファブレスというか、
ベンチャー家電というか、
工場なき家電メーカーというか。

デジカメ時代の「写ルンです」作る–人気ブロガーが設立したネット家電ベンチャー、本格始動

元のブログの管理人自体がファブレスを狙っているという話もある。

まぁその論は正しいと思うし、同意。

ビデオカメラとか
日本のカーナビは携帯電話並みにダメらしいとか

イノベーションのジレンマ。
そもそもかつては「安かろう悪かろう」だった日本の自動車メーカー自体が、
欧米の既存メーカーに対し、そういった戦いを挑んでいたという話もあり、
GEが100年以上続いた家電事業から撤退したとか、
日本人の国民性というよりは、成熟産業における競争図式の変化だよなぁ、とは思う。

今小売が盛んに手を出しているPB(プライベートブランド)もそういった経緯で考えることができるのではないか、とか。
あれも、小売が商品企画して、製造はメーカーであるとか、どことなくファブレスとファウンダリの関係を彷彿とさせる。
これってなんだろね。
PBを好んで買うということは、食品メーカーの打ち出すブランドが弱くなっていることなのか。
「それほどイメージにこだわらない」というか、マスを通じて敷衍されるブランドの力が相対的に弱くなってきているのかもしれない。
或いは圧倒的な「ブランドイメージの違い」を模索するか。Appleみたいに。

満足する人、最大化人間、幸福度とか

Filed under: 社会 — タグ: — dev0000 @ 1:53:07

まぁどうでもよい話ではあるのですが、

選択が多いほどよいという幻想でも触れていた「行動経済学」は絶対に読んでおくべき本(あと「物理経済学の発見」もね)だと思うのだが、
今再びその本から引用。

シュワルツとウォードらは、何でも最高を追求する性向のある「最大化人間」と、サイモンから着想を得た、「ほどほど」で満足する「満足化人間」がいるとして、その判定法を考案している。最大化人間は、選択肢が増えるとそれをつぶさに検討して、より良いかどうかを確かめないと気がすまないが、満足化人間はいったんそこそこの選択肢を見つければ、選択肢が増えても気にしないのである。したがって、最大化人間は、選択の結果に充実度が低く、後悔しがちであり、総じて幸福度が低いことが指摘されている。

なんというかね、
我々が幸福への近道について考えれば考える程その道から遠くなるというか悪循環というか。

ほぼ日刊イトイ新聞 – 適切な大きさの問題さえ生まれれば。- 梅田望夫×岩田聡×糸井重里へのはてブ

すごくぐにゃぐにゃした雑な言い方だけど、
かつてテレビでは野球選手がスターで「君たち野球は楽しいよ!」と体を持ってメッセージを発していたから、
男の子は皆野球選手になりたがっていたわけで、
玉石混合の状態に対して、「とにかく圧倒的多数の状況を作ってトーナメントを作るんだ」みたいな社会だったのかと思う。

先の対談も本来はエリートがエリートに語っていたというか、
フィルタリングされていた人々にさえ届けばよかったというか、
ってか、ネット以前だとこういう話ってどこで目にしたのかね、雑誌?どんな雑誌?
かつての野球選手と似たような状況になりつつあると言うか
受けれる機会というものが平等で、玉石混合になっているのではないか。
声は届きやすいというのはそれはそれで素晴らしいことなのだろうけど、
効用最大化の道というのは先に引用した通りイバラの道とも思うから、
啓発されちゃうのもどうかなぁとも考えたりするのです。

毎日おもしろおかしく暮らせるだけでも幸せですよ、とか
何度生き返っても「今サイコー!」と言えるようにはなりたいです

ま、なんでもいいんですけどね

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